ε-N論法
ε-N論法というのは説明の仕方を理解するということでいいのだろうか。
数列{an}の極限がαであることの説明として使われている論じ方という感じ。
三段論法みたいなものの一種と考えればいいのだろうか。(三段論法とか知識のなさが露呈してるけど)
極限がある値だと考えられるときに、我々が普通に得られる少しあやふやな感覚を、無限の彼方だとわかりにくいから、ごく身近な0付近で話をまとめている。
そんな印象。
εに対応するNより大きいnの範囲で、誤差がε以下だと言えれば、それが極限なんじゃないかという話なのかな。それが定量的に示すことができる、みたいな。
第一印象としてはεを絞っていくとNがどんどん大きな値になっていくイメージ。
発散のほうが理解しにくい。納得がうまくいかない。
説明をいろいろと読んでみると、後だしじゃんけんのようなイメージもある。
εを選んだら、n≧Nで対応するみたいな。
それだったら発散のほうは理解できる。
―――――ここまで書いてしばらく悩んだ―――――
きちんと考えれば発散も似たように理解できた。
個人的には、
「あるεに対応するNを丁寧に設定し、n≧Nである任意のnで、anとαの差がεより小さくなることが確認できるならば、数列は収束し、その値が極限と認められる」
こんな印象。言葉にするのは難しいな。やたら難しい定義だなと思ってたけど、言葉にするとどうしても難しくなるもんなんだな。
つまり、εを限りなく0に近い小さな値にしていくことで、差も限りなく0に近くなることが確認できれば、それが極限でしょってことだね。
となると、説明のときに一番大事なのはNをセッティングするところになるよね。こいつをうまく設定しないと差がεより小さくなることをうまく説明できなくて、結果説明できないってなりそうだ。まあ、そこが大事なのは極限だけかもしれないけどね。
しかし、やっぱり説明の仕方という印象が強い。
この説明の仕方がありなら、他の部分にもいろいろと応用できそうな気がしないでもないけど、それは時間のあるときに考えることにしよう。
このブログ、話が行ったり来たりして、たまたま目を通した人には意味不明な感じになってそうだ。